コロナ騒動に思うこと

2020.04.15 Wednesday 08:07
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    今、私達に求められているもの、

    それはウイルスと闘うことではないと強く思う。

    ウイルスに対する憎悪の感情は、感染した人への憎悪につながる。

    その結果どうなるのか。

    その憎悪は自分達の破滅に直結する。

    自分、家族、知人の感染リスクをかえって増幅させる結果になる。

    この記事をまだ読んでいない人は是非読んで欲しい。

     

    感染者たたき、感染者の謝罪は自分たちの首を絞める 岩田教授に聞く「誰でも感染する」怖さ(Yahoo!ニュース 特集)
    #Yahooニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200411-00010000-ytokushu-life

     

    この記事に書いてある、ウイルスはゼロにならないという言葉は重要だ。

    結局私達はウイルスと共存する意外に道はない。

    ウイルスに攻撃的な感情を向ければ向けるほど、その攻撃は我々人類に向かい、自らの首を締める結果にしかならない。

    それでは私達はどうすればいいのだろう。

     

    それは、憎悪という感情から派生する分断の道を歩むことをやめ、自分から遠い者に対しても思いやりの心を持ち、繋がる道を歩むことだ。

    私達人類が繋がって一体になってこそ、私達は生き残ることができる。

    よく考えてみて欲しい。

    ウイルスは人間や動物に寄生してしか生きることができない。

    そのウイルスをゼロにしようとしたら一体何が起こるのか。

    ウイルスをゼロにしようにしようとする試みは、地球上の生物を滅亡させるという手段によってのみしか達成できない。

    ウイルスに対する攻撃的な感情は、私達地球上の生物の滅亡に直結する。

     

    まだ感染していない人は感染者をたたくことを止めよう。

    そして、すでに感染した人は謝罪をすることを止めよう。

    それが共存への第一歩だ。

     

     

     

     

     

     

     

     

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    消えない

    2020.03.01 Sunday 03:10
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      ニュースを見た。

      無罪判決が出た直後の酷い内容の報道。

       

      また落ち込んだ。

      なぜ逃げていたという理由だけで、有罪だと結論づけるんだろう。

      なぜ確固たる証拠がないのに17年も指名手配されていたことの方がおかしいと気付いてくれないのだろう。

      17年のうちに証拠が消えたなどと言う人もいるが、それは指名手配時に証拠がなかったということでもあるということになぜ気づいてくれないのだろう。

      (一度押収された証拠や供述調書が消えることはない)

       

       

      世の中に対する不信感と絶望感が消えない。

       

       

       

       

       

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      霊的ステージについて

      2019.11.16 Saturday 13:16
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        一般的によく勘違いされているのだが、教団内でのステージというのは、あくまでも霊的なステージを認められたものであって、教団を運営する地位と必ずしもイコールではなかった。

        ある程度の相関関係はあったのは確かだけれども、それでも絶対的なものではなかった。

        だから、マスメディアがステージの高い人のことを「幹部」として報道していることに、当時は大きな違和感を持ったものである。

         

        霊的ステージを認められたのは、子供班の子供達の中にもいた。

        私が子供班にいた時、霊的ステージを認められた最年少の子は3歳ぐらいだった。

        あくまで霊的ステージなので、ホーリーネーム(宗教名)があったという他は、他の子供とほぼ全く同じ扱いだった。

         

        私が子供班にいたとき、こんなことがあった。

        子供班の4〜5歳グループを担当している大人が、担当する子供達に立位礼拝の修行を毎日30分ぐらいさせていたのだが、ある日たまたま、その横を通りがかった私はこんな光景を目にしたのである。

        理由はわからないのだけれども、大人たちが、5歳のホーリーネームを持つV君を叱っていた。

        まあ、そこまでは普通の光景だったのだけれども、そのあと、びっくりすることが起きた。

        担当の大人の1人が、他の子供達にマジックでV君の身体に落書きをするように指示したのである。

        その瞬間、他の子達がわあっとV君の周りに集まって、マジックで彼の背中やお腹に落書きを始めたのである。

        V君は床にうっつぶして、わあっと泣き出した。

        当然だ。

        酷いことをしていると思った私は、子供班を担当していたM師にその一部始終を報告した。

        M師もびっくりして、「すぐに注意してやめさせる」と言った。

        その後、そのような光景は二度と見なくなった。

         

        4〜5歳グループを担当する大人達の中には、出家する前に幼稚園教諭の免許を取った者も含まれていた。

        なのに、それを止める人は担当の大人達の中にいなかったのである。

        (誤解なきように書いておくが、子供班では子供への体罰等は元々絶対的に禁止されていた)

         

        なぜV君がターゲットになったのだろう。

        これはあくまでも想像だけれども、たった5歳の子供が大人の自分より高いステージにあることに、プライドが傷ついていて、その反動として過剰な行動に出てしまったのではないか。

        V君は頭も良くて、年齢の割に口も達者だった。それが生意気に思われたのかもしれない。

         

         

        世間では霊的ステージが高い人が教団内で絶対的な権力を持っていたかのように言われているけれども、こんなこともあったんですよということを記しておきたい。

         

         

         

         

         

         

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        タイトル未定8

        2019.11.10 Sunday 20:09
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          私が教団で、世界記録達成部というマラソンの部署にいたとき、同じ部署のCさんがこんなことを私に話したことがある。

           

          「尊師を載せた車が出て行った時ね、◯◯◯◯◯◯(彼女のホーリーネーム)が自転車で遊んでたんだけどね、◯◯◯◯◯◯ が自転車を必死に漕いで尊師の車を追いかけたんだ。それが本当にすごいスピードでね、さすが◯◯◯◯◯◯、尊師に対する帰依がすごいんだなあって思った」

          と。

          私は一瞬、「それって帰依なの?」って思ったけど、

          「へ〜そうなんだ〜(帰依のうちなのか〜)」

          と相槌を打った。

           

          私は最近、そのことをよく思い起こす。

          なぜかというと、そのことが、彼女が置かれた特殊な立場を実によく表していると思うからだ。

           

          もし仮に、元教祖の車を追いかけたのが、彼女ではなく、教祖が可愛がっていたポチという名の柴犬だったとしたらどうだろう?

          ポチがどれだけすごいスピードで車を追いかけたとしても、Cさんが、

          「ポチすごいね、尊師に帰依してるんだね。ポチ、さすがだね」

          とは言わなかったと思うのである。

           

          私は、自分の父親のことが幼少の頃から大好きだった。

          おそらく2〜3歳ぐらいの頃だと思うが、父のあとをヨチヨチ付いて追いかけた記憶が残っている。

          そしてもちろん、私がどれだけ必死に父親を追いかけても、誰もそれを「帰依」と呼ぶことなんてない。

           

          でも彼女が同じことをすると(彼女にとって教祖は自分の父親だ)、それは「帰依」という宗教的な意味に昇華されるのだ。

          これは本当にミラクルだ。

           

          教団から離れてかなり年月が経つので、帰依の宗教的な意味での定義について正確には覚えていないのだが、「自分の全てをゆだねる」みたいなニュアンスだったと思う。

          相手の事が大好きであれば、自分の全てをゆだねることにつながりやすくはなるので、教祖を大好きであることが、イコール帰依と言えなくもない。

          でも、教団内で「帰依」というのは、「努力して培うもの」と言われていた。

          例えば、修行を怠けたいなと思っても、「教祖から指示された瞑想だから、居眠りしないでやり遂げるぞ!それが帰依だ!」という風だ。

          でも、娘が自分の父親を大好きであることは、努力して培うものではない。

          だから、彼女が教祖を自転車で追いかけたことは、やっぱり帰依とは違うんじゃないかなって思うのだ。

           

          彼女は教団内で高い霊的ステージに達していると認定されていた。

          周りの人はバイアスがかかった状態で彼女の行動を評価していたのだ。

           

          そして、この「普通の日常的な行為」の「特別な宗教的な行為」への変換が、彼女について長い年月行われてきたのではないのではないかと私は思うのである。

           

          さらに、マスメディアの酷い報道により、その変換には別のバイアスも加わった。

           

          その結果、何が起きたか。

          彼女のやること、なすこと、本人の主観にかかわらず、内からも外からも、教団の活動と結び付けられてきたのではないかと思うのである。

           

           

           

           

           

           

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          タイトル未定6

          2019.05.08 Wednesday 10:47
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            元教団関係者の複数の人から、公安に接触されたときの話を聞いたことがある。

            友好的に優しく接してなんとか情報を得ようとする方法など、取り調べとそっくりだなあと思う。

            (取り調べでは、厳しいのと優しいのと交互に行ったりするから、公安も脅しや嫌がらせも使っているだろう)

             

            でも1点だけ違うことがある。

            これは伝え聞きだけれども、公安は情報にお金を払うらしい。

            一方、捜査機関の取り調べではお金を払うことなんてもちろんない。

             

            私が逮捕された直後の話だが、

            「昔はカツ丼とか出せたんだけれどね、今は禁止されてるんだ」

            と言われた。

            その理由は、冤罪が生まれる可能性が高まるからに他ならない。

            でも私は、今でも表面化していない冤罪が数え切れないほど発生していると思っている。

            それは自分の体験からも確信している。

            (自白すれば厳しいと取り調べから逃れられるという目の前の利益が、虚偽の自白を誘発するのだ。私がなぜそうならなかったかは、また別の機会に書きたいと思う)

             

             

            さて、話を公安のことに戻す。

            取り調べで生まれる冤罪の数々で明らかなように、自分の不利になることですら、目の前の利益に惑わされて自白してしまうというのに、これが「他人の情報」が対象だったらどうなるだろう?

            しかも、目の前の利益がカツ丼ではなく「お金」だったら?

            情報を渡せば利益がもらえる。しかもその情報を提供しても自分にはなんの不利益もない。

             

             

            私はそうやって得た情報にどれだけ信憑性があるのか疑ってしまう。

             

             

             

             

             

             

             

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            タイトル未定4

            2019.05.05 Sunday 06:34
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              彼女は事件の直後から、マスメディアから「わがまま」という評価を一斉に受けて叩かれた。

              しかし、私はそのように感じたことはない。

              むしろその逆だ。


              私が出場したマラソン大会に応援しに来てくれたときなど、走り終えた私に色々気遣ってくれて、世界記録達成部のコーチだった大人であるI.Eさんが

              「優しいわねえ」

              と感心していたくらいだ。


              私は世界記録達成部に所属する前は、親と一緒に出家した子供達がいる「子供班」で、小さい子のお世話をしたり、大きい子には音楽を教えていたりしたのだが、彼女に「わがまま」という評価が当てはまるのであれば、子供班の子全員が「わがまま」だったと思う。

              (彼女は子供班には所属していなかった)

              子供はなんでもストレートに言うから、泣かされたりしたこともある。

              元気がありすぎて手がつけられない子もいたし、問題行動ばかり起こす子もいて、子供班の大人達は、連日のミーティングで頭を悩ませていた。


              だからかもしれないが、彼女と接していて、彼女が特別わがままだと感じたことがない。


              と言うよりも、そもそも子供というのはわがままなのが本来の姿なのではないだろうか?

              それが当たり前で、成長していく過程で少しずつ、自分の感情をコントロールしたり、相手を思いやる気持ちを学んでいくのではないのだろうか?


              そう考えると、当時小学生だった彼女は、子供として当たり前のことすら許されなかったということになる。

              そして悲しいことに、それはこれから始まる彼女の過酷な人生のほんの序奏にすぎない。












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              タイトル未定3

              2019.05.03 Friday 23:08
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                彼女は、私の近くを歩いていた世界記録達成部のメンバーで30歳近くだった男性に対しても、

                「おにいさーん!!」

                と声をかけていた。


                それを聞いて、「私が彼女ぐらいの年のときは、30歳ぐらいの人に対しては、『おじさん』って呼んでたよなあ。親に『おにいさん、おねえさんって言うんだよ』って躾けられたのかなあ…」

                と考えたりした。



                その後、彼女のことを観察していてわかったのだが、

                彼女はどんなに年上の人に対しても、

                「おねえさん」

                「おにいさん」

                と呼ぶのだった。




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                タイトル未定2

                2019.05.03 Friday 11:41
                0

                  彼女と初めて話したのは世界記録達成部というマラソンで世界記録を目指すという、今思えばなんとも無謀な部署に移ってからだったと思う。

                  当時、オウム真理教には静岡県の「富士山総本部」と、山梨県の上九一色村(かみくいっしきむら)の「第ニ上九」と呼んでいた敷地に施設があった。(のちにサリンの製造場所になった第三上九はまだ存在していない。さらに、第ニ上九も買い取ったばかりだったらしく、ペンションっぽい建物が2棟建っているだけで、あとはガランとした更地だった。)

                  私達は約10キロ離れたその二つの敷地間を、まずは毎日2往復歩くいうトレーニングを始めた。

                  結構な坂道で欠かさず毎日のことだったから鈍っていた身体には本当にきつかった。


                  ある日、車道を走っていた一台の車が少し離れたところに止まって、開いた窓から彼女が大声で話しかけてきた。

                  「おねえさーん!!」

                  ニコニコとあどけない笑顔が私に向けられていた。


                  それ以上何を話したのかまでは覚えていない。

                  ただ、話しかけられて嬉しくって、るんるん気分になったことは今でもはっきり覚えている。






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                  タイトル未定

                  2019.05.02 Thursday 11:15
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                    私が彼女と初めて出会ったのは、もう30年も前になる。

                    熊本の阿蘇の施設でのことだった。

                    私は当時18歳。

                    彼女はおそらく7歳。


                    彼女は手に食パンの袋を持っていて、同年代の子供達に少しずつ分け与えていた。


                    もともと子供が好きだった私はその姿に釘付けになった。

                    「彼女と話したいなあ…」

                    そう思ってじっと見つめていたとき、少しだけ彼女と目があったような気がする。


                    結局そのときは話せずじまいだったから、きっと彼女はそのときのことなど覚えていないだろう。


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                    名誉毀損訴訟

                    2019.04.21 Sunday 02:11
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                      https://www.sankei.com/affairs/news/181002/afr1810020025-n1.html 


                      https://mainichi.jp/articles/20181207/ddm/012/040/040000c 



                      現在、5社相手に名誉毀損の民事訴訟を行なっています。


                      内容は各社少しずつ違いますが、おおむね、地下鉄サリン事件の嫌疑について真実ではないことを記事に記載されたこと、男女関係について真実ではないことを記載されたことなどに対しての損害賠償と記事の訂正、謝罪等を求めています。


                      category:- | by:菊地直子 | - | -