地下鉄サリン事件

2018.01.27 Saturday 23:26
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    いまだに私が地下鉄サリン事件に関与したと思っている人が多くて本当に困惑する。
    たしかに私は17年間、地下鉄サリン事件で指名手配されていた。
    そして、私は、複雑のメディアに地下鉄サリン事件に関わったと断定して報道された。
    だから、勘違いしている人が多くても仕方がないのかもしれない。
    しかし、地下鉄サリン事件は歴史に残るとも言われている大事件だ。
    その犯人と間違われて、仕方がないですませられないというのが私の正直な思いだ。
    週刊新潮にも、私が地下鉄サリン事件に関わった「疑い」ではなく「関わった」と断定した記事を掲載された。
    東京拘置所にいた時、私は週刊新潮宛に「私がサリンを生成したとの貴誌の記事は間違っているのでその件で話し合いをしたい」との内容証明を送ったことがある。
    逮捕されはしたもののその事件では起訴はされずに釈放されていた事もあり、少しはこちらの話も聞いてもらえるのではという若干の期待があったからだ。
    しかし私の期待は大きく裏切られた。
    「記事の内容は正しい」
    「弊誌では、あなたがサリンだという認識を持ってサリンを生成したと確信を持っている」
    「あなたは逃げることで不当に起訴を免れた」
    新潮の送ってきた書面にはそう書かれていて大変ショックを受けた。
    起訴をされたわけでもなく、私がいつ何処で誰とどのようにサリンの生成に関わったのかなどという事実が明らかでないにも関わらず(関わってないので明らかではなくて当たり前なのだが)、私に対する地下鉄サリン事件の殺人容疑が冤罪だという事実が全く世間で認識されていないという事を思い知らされて、本当に絶望的な気分になった。
    新潮が自誌の記事が正しいとする根拠はまとめると以下のようなものだった。
    .シティガルバ棟という教団施設でサリンが生成された。
    ∋笋クシティガルバ棟での仕事に従事していた。
    クシティガルバ棟には他部署の者が立ち入れないように中から鍵がかけられていた。
    ぢ哨泪好瓮妊アも私が地下鉄サリンの生成に関わったという断定的な報道をしている。さらにサリンだという認識を持って関わった可能性が高いとも報道している
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    ❶私が拘置所で入手することができた関係者の裁判記録と判決の記録のコピーによると、たしかにクシティガルバ棟でサリンが生成されたことがある。
     その時期は、1993年10月から12月までと裁判で認定されている。
     そして、それより後に同棟ではサリンは一度も生成されていない。
    ➋そして、私はクシティガルバ棟に配属されたことがある。
     私自分の記憶と複数の関係者の証言から、その時期は1994年の6月頃と裁判で認定された。
    ❸たしかに当時クシティガルバ棟には鍵がかかっていて、私も含めて部署の人間は合鍵を持っていた。
    ❹新潮が主張するように、他社の報道の一部が同じような報道をしている。
    以上の通り、たしかに 銑こ篤睛討里修譴召譴論気靴
    しかし、最初に述べた通り、私はサリンの生成には一切関わっていない。
    まず、私がクシティガルバ棟に配属されたのはクシティガルバ棟でサリンが生成された時期より後のことだ(❶&➋)
    クシティガルバ棟でサリンが生成されていた頃、私は教団のマラソン部に所属していて翌年1月の大阪国際女子マラソンに向けての練習を毎日していた。
    もし、1994年1月の大阪国際女子マラソンに出場された方でパンフレットを保管されている方がいらっしゃったら、出場者欄を確認してみてほしい。
    私の名前が見つかるはずだ。
    そして、その時期に私はクシティガルバ棟に立ち入ったことはない。
    生活していた場所がクシティガルバ棟とは歩いて30分ほど離れていたし、クシティガルバ棟という施設があることも知らなかった。
    それに、クシティガルバ棟には他部署の人間が立ち入れないように鍵がかかっていたのだから、仮に立ち入ろうとしたとしても立ち入れない(❸)
    また、新潮は鍵をかけているなんてやましいことをしていたからだろうとのニュアンスの主張をしているが、教団内では自分と関係のない部署への立ち入りは禁止が原則で、鍵のかかっている部署は他にもたくさんあったから、鍵がかかっていたことと事件性の認識は即結び付くものではない。
    また、他のマスメディアが同じような報道をしていたからといって、週刊新潮の記事が正しいという根拠にはならない。
    なぜなら、その他社の報道の内容も間違っているからだ(❹)
    そもそも、一審の私の裁判を通しで傍聴していれば,クシティガルバ棟でサリンが生成されたのは、私が同棟に配属されるより前の事だったことや、サリン等の生成は後から配属されたメンバーには一切秘密にされていた事なども分かったはずなのだが、週刊新潮は裁判の傍聴をされていなかったようだ。
    そして、裁判を傍聴していた他のマスメディアもその事を一切報道しなかったようだ。
    (江川詔子さんが「菊地さんはサリンの生成に関与していない」とおっしゃっている事をマスメディアが取り上げて報道したのは、二審で無罪判決が出た後の事なので、私が新潮に内容証明を送ったのより後のことである)
    だから、それまでの間違った情報を新潮は信じていたのだろう。
    しかし、裁判の傍聴もしていないのに、なぜここまで自分たちの記事が間違っていないと断言できたのかが不思議だ。
    新潮は、さらに、この内容証明での私の抗議を「被害者の気持ちを踏みにじる行為」だとして、次の週の記事にした。
    なぜ、事実を正しくきちんと報道してくれと訴えることが、被害者を踏みにじる行為になるのだろうか?
    私には、理解できない。
    category:- | by:菊地直子 | - | -

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